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蝶たちが波止場に来た日 [ストーリー - セッション]

ちょうの つかさ キャプテン・キュンメルと いもむしラゼンパ
蝶の司 キャプテン・キュンメルと いもむしラゼンパ

キュンメルは、蝶たちと言葉をかわす、ふしぎな女の子。
事件が起きると、蝶々が飛びまわって、手がかりを見つけ出す。
そういうみんなのなかで、最年少の仲間がラゼンパ。
最年少だから、まだ、いもむし。


へんれきの かがくしゃ エルンスト・カーロ
遍歴の科学者 エルンスト・カーロ

修行の旅をしている、科学者の卵。
修行と言っても山奥にこもる類ではなく、仕事の依頼や情報を探して、普段は町や村を行き来している。
気さくで、いつも前向きで思慮深い。孤独を愛し、権威やカリスマに対して用心深い。つまり、明るくニヒル。

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 空から来た迷子のリンナミーシャは、懸命に帰り道を探している。親友のシャウラも協力してくれるけれど、助け合える相手というのが多いのは、いいことだと思っている。
 けれども、リンナミーシャがキャプテン・キュンメルと仲良くしたい理由はそれだけではなくて、人となりを知ったからだった。
 悪漢に対しては非情なスパイだとしても、その素顔は、蝶たちを仲間として、やさしくいたわる女の子なんだと、ひとへ伝えたかった。
 キャプテン・キュンメルや、いもむしラゼンパを、シャウラやカーロに紹介したいと思っていた。
 ただ、リンナミーシャには心配もあった。カーロのような科学者が、まるで魔女のようなキュンメルをこころよく思うかどうか、という不安だった。

 リンナミーシャはおどろいた。キャプテン・キュンメルからの手紙を持ってきたのが、カーロだったから。
 シャウラもおどろいて問いかけた。
 「カーロ、あなたって、キャプテン・キュンメルと仲がいいの?」
 「デートしたことはないけれどね。助けてもらったことがあるんだ。治安の悪い土地もあるからさ」

シャウラの家の通用口。中庭に面している。正面玄関側は店舗。

 簡潔だけれど、まるで大昔の貴婦人の書いたような手紙だった。シャウラ様のご一家はすばらしい貿易商だと聞いております、異国の美味な果物などを仕入れておいででしたら、少々いただきたく存じます、というようなことがしたためてあった。

 「返事を書いてくれれば、ぼくが届けるよ。そう約束してるんだ」
 「そうね。港の倉庫に、オレンジとかが届くはずだわ」
 シャウラは即座に、キュンメルと会う段取りを考え始めた。シャウラはキュンメルのことをまだ知らないけれど、キュンメルがこちらへのアプローチを望んでいると、この手紙から気付いていた。
 そこで数日後に昼食を用意して、一同で会うことにした。


 観光名所になってはいないけれど、見晴らしのよい港だった。都会の真ん中よりは、蝶たちには快適かも知れない。
 遠くに船や列車が走っていたけれど、人はまばらだった。晴天で、風はおだやかだった。

 「ちょうちょ、大勢来ているかと思ったけれど、そうでもないですね」
 リンナミーシャが気付くと、カーロが推理した。
 「事件じゃないからだろうな。残りの仲間たちはパトロールか、休暇をとっているかなんだろ」

 キャプテン・キュンメルは水路から来ていた。旧式だけれど、よく手入れされた小舟が、波止場の隅にあった。
 キュンメルが手際よく船を係留していた。いもむしラゼンパが、お手伝いしますというつもりらしく、あとからついてきていたけれど、追いつくころには、もうキュンメルの仕事は済んでいた。

 海辺に集まったのが、もしも上流階級だったら、優雅な舟遊びだったかもしれないけれど、リンナミーシャたちはこの日、大半の時間はせっせと動き回っていた。
 シャウラの店が仕入れた品々を見せてもらって、キュンメルや蝶たちが果物の品定めをした。値段の高いものは敬遠したけれど、いもむしラゼンパのために野菜もいくつか選んだ。それを箱にまとめてから、みんなで小舟まで運んだ。
 給湯室で昼食を作った。ありふれた手作り弁当になったけれど、できたてをみんなで食べることにした。

青空の下のテーブルクロス


 「本日はお世話様でございました。けっこうなプリザーブができることと思います」
 キュンメルが切り出して、シャウラが応じた。
 「あら、ジャムとかシロップ漬けにでもするわけね。お料理が好きなのかしら?」
 「好きというのもありますけれども、仲間たちをねぎらうためですよ。日ごろ飛びまわって、手助けをしてくれているのですもの」
 「あ、そうか。ちょうちょのための、ごちそうなのね」
 リンナミーシャが質問をはさんだ。
 「人間がつくったもの、ちょうちょは好きなんですか。野山の花の蜜のほうが、いいのかと思ってました」
 「そう言っている蝶もいますよ。でもわたくしの仲間たちは、人間のお料理や手仕事を悪くは言いませんよ。むしろ、あこがれているんです」

 「あこがれているなんて、なんだか、ぴんと来ないわ」
 シャウラは不機嫌になったのではなく、今現れた疑問に、ストレートに思いをぶつけていた。
 「人間がうぬぼれて、世の中を勝手に荒らしているから、ほかの生き物から恨まれているって、思ってたわ」
 「シャウラ、それ、ほかの生き物の誰かから、聞いたんですか」
 リンナミーシャが奇妙な問いかけをしたら、シャウラは困ったように答えた。
 「ほら、マンガとかで、よくあるじゃない」

 キュンメルは少し考えて、短く答えた。
 「悪いことをしている人間には、あこがれることはありませんよ。こらしめてあげれば、いいのです」
 シャウラは珍しくも黙って、キュンメルを見つめていた。答えたいけれど、うまくまとまらなかった。
 相手がうそをついたり、ごまかしたりはしていないと、シャウラは気付いていた。
 けれども、キュンメルは悪党ではないかわりに、何か謎めいていた。

 そこでカーロが付け加えた。
 「まともな人間と、そうじゃない人間を区別しているんだ。キャプテン・キュンメルのところの蝶たちは、それだけ人間に興味や親しみがあるのさ。ひとくくりにして、遠くの書き割りにしてはいないんだ」
 「人間は、あこがれてもらうようなことをしてるの?」
 「人間は食べ物を探して歩くだけでは終わらなかった。田畑をたがやして、ほしい作物を育てることを思いついた。煮たり焼いたりして、いろんなものを食べられるようにすることもおぼえた。今は缶詰にしたり、冷蔵庫にしまったりして、長い間とっておけるようにもできる。
 どこがすごいの、それ。なんて思ったか? けどね、こういうものこそ、文明なのさ。人類の英知だよ」

 ラゼンパはキャベツを食べていた。会話に加わる気もないようだったけれど、キャベツの芯も、きざんでやわらかくゆでてあったので、残さず食べていた。

もぐもぐ。

 片付けと帰り支度をしながら、リンナミーシャは今日のやりとりを思い返していた。
 キュンメルとカーロが話をすると、謎かけのようだった。けれども二人とも、いじわるで答えを隠しているのではなかった。
 分かったことは、今日の一座に不協和音は無かった、ということだった。
 ほんの数日前、リンナミーシャは不安だった。カーロとキュンメルが顔を合わせれば、考え方の食い違いばかりかもしれないと。けれども、それは杞憂だった。
 キュンメルもカーロも、ちょっと変わっているけれども、人間嫌いなんかではなかった。人間もいるし、いろんな生き物がいる、この世の中が好きなんだ。それが分かったのなら、今日はいい日だったと思った。

 片付けの途中、キュンメルが、リンナミーシャにささやいた。
 「カーロ殿は頼れる方ですよ。わたくしも、力をお借りしたことがあります」
 「えっ、助けてもらったんですか? カーロにできて、あなたにできないようなことが、あるんですか」
 「何かとありますよ。わたくし、機械の扱いはさっぱりでして。
 やかんを電子レンジにかけないように、などと、言われたものです」


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