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空の語り部と蝶の司 [ストーリー - セッション]

かたりべ リンナミーシャ
語り部 リンナミーシャ
羽の無い人の住む国へ迷い込んだ少女。貿易商のシャウラと友達になっていて、その家に居候している。


ちょうの つかさ キャプテン キュンメル と いもむし ラゼンパ
蝶の司キャプテン・キュンメルと いもむしラゼンパ

*** *** *** *** *** *** ***

 初めてその姿を目にしたときには、まだリンナミーシャは、その少女が何者なのか知らなかった。

 その少女は、身の丈ほどもある長剣を手にして、ならず者がナイフを振り回すのを相手に、たくみに受け流していた。
 こんな場面には似合わない、色とりどりの蝶の大群が周りを飛び回っていた。リンナミーシャにはなぜか、蝶たちがならず者をにらみつけて、すきをうかがっているような気がした。
 ならず者はなぜか、焦っているようだった。大男なのに、女の子ひとりの剣の腕に、圧倒されているかに見えた。聞くにたえない言葉をわめき、蝶たちを追い払おうと、必死になっているかのようだった。

 剣の一撃で、ナイフがはね飛ばされた。ならず者がぼうぜんとしていると、サイレンが聞こえてきた。
 警官たちがあわただしく駆けつけ、ならず者を取り押さえていた。
 あの長剣の少女も、蝶たちも、いつのまにか姿を消していた。

 その晩のニュースに小さな記事があった。― 手配中の強盗犯逮捕。潜伏先を発見され、逃亡を企てたが失敗し、今日の昼ごろ中央街付近で、警察官に取り押さえられた。― それだけの記述だったけれど、リンナミーシャは、これが昼間見た出来事だと気付いた。
 シャウラに話すと案の定興味津々で、どんな捕物劇だったのと、くわしく聞きたがった。
 信じてもらえるかどうか分からないですけれど、と前置きして、リンナミーシャは、あの長剣の少女と蝶たちのことを話した。

 シャウラは、話を疑いはしなかった。ただ、おどろいて答えていた。

 「あなた…キャプテン・キュンメルを見たのね」
 「シャウラ、知っているんですか」
 「ううん、あのね、あのひとのことは、誰も知らないわ」
 シャウラはリンナミーシャに、こう教えた。

 キャプテン・キュンメルは、蝶と言葉をかわす、ふしぎな女の子。
 悪いことがおきると、蝶たちが手がかりを探し出し、悪者がいると、キャプテン・キュンメルが剣で退治する。
 いつからこのゼフィーベに住んでいるのか、本当の名前はなんと言うのか、誰も知らない。


*** *** *** *** *** *** ***


 大きなアゲハチョウが飛んでいた。今日はよく晴れた、さわやかな日になった。
 アゲハチョウを見て、いつかのふしぎな少女がリンナミーシャの頭の中をかすめたけれど、深くは考えず、今はシャウラの手伝いに専念していた。
 
 「シャウラ、この台帳、埠頭の事務室に置いておく方のです」
 「えっ、あらら、間違えて持ってきてたんだわ」

 シャウラの一家の店をかねた住まいは市街地にあるけれど、これと別に私有の仕事場があって、船荷を取り扱うために使っていた。運河を船で下るか、地下鉄を使って行くのだけれど、往復すればどんなに急いでも帰りは夕方になる。
 ノート一冊持って行くだけだったから、リンナミーシャひとりで空を飛んでゆくことにした。地下鉄での行き来とどちらが早いか試してみたいと前から思っていたし、交通費を節約した分で、何か甘くておいしいものを買おうかな、なんて考えていた。


 お使いが無事にすんで、リンナミーシャは街へ向かって飛んでいた。
 風に乗りながら、このゼフィーベという国の景色を、あらためてながめていた。ゼフィーベの森の木々のすきまを、道路や運河が細い糸のようにめぐっていた。街々は、緑という海にぽつんと浮かぶ離れ小島のようだった。
 町で暮らしていると、人間の作った物が世界を圧倒しているような気がするけれど、空からながめていると、人間は、広い世界の小さな居候だという気がした。

 リンナミーシャが気付くと、蝶が飛んでいた。けれども、何か、普通ではなかった。

 野生の蝶は普通、人間などには見向きもせず飛び回っている。こどもの虫取り網にもかかってしまうような、物を知らない蝶だっている。

 けれども今、リンナミーシャを囲んでいる蝶たちは違っていた。手をのばしても捕まらない、それでいて相手を見失うことの無い距離をとっていた。よく鍛錬を積んだ競技集団か、さもなければ戦士の一隊だった。

 リンナミーシャの記憶の中に、いつかの幽霊のような戦士の姿がよみがえっていた。

 そしてその姿は、現に今、眼下にあった。一面の緑の中にたたずむ、すみれ色のドレスの姿。

 キャプテン・キュンメルが草原から、空のリンナミーシャを見つめていた。


キャプテン・キュンメルと 草原におりたつリンナミーシャ


 不安を表に見せないように、リンナミーシャは、慎重に言葉を選んでいた。

 「あなたのことは先日、街でお見かけしました。りっぱなお仕事を、されていますね」
 「おほめにあずかりまして光栄です。わたくしのことは、キュンメルとお呼びください。リンナミーシャ様には、いつかお会いしたいと望んでおりました」

 相手はリンナミーシャをじっと見つめ、身振りも口調もゆったりと丁寧だった。キュンメルがリンナミーシャのうわさを知っていても、おどろくことではなかったかもしれないけれど、礼儀正しく応じてきたことが、リンナミーシャには意外だった。
 蝶たちはまだ用心深く、つかず離れずの間合いにいた。よく見ると、ほかにも小さな何かがいた。

 「あ、いもむしですね」
 「ええ、わたくしどものなかで、一番年下なんです」

 顔を起こして、リンナミーシャを見上げてきょとんとしていた。かじりかけの草の葉を一枚かかえていた。リンナミーシャは、かがみこんで声をかけた。

 「ごはん、たべていたのね。おじゃましちゃって、ごめんなさいね。わたし、キャプテンさんと、すこしおはなし、したかっただけなの」

見上げる いもむしラゼンパ

 いもむし君は食べかけの葉をかたわらに置いて、小首をかしげた。リンナミーシャにはよく分からなかったけれど、たぶん、ぼく気にしてないよ、と言ったんだと思った。

 キャプテン・キュンメルが呼びかけた。
 「ラゼンパ、お食事していてもいいですよ。みんなも楽にしてちょうだい」

 最初のあいさつよりももっとやわらかな、ささやくような声だった。蝶たちは草花に降りていって、くつろいだようにぶらさがったり、羽をほぐすようにゆったりと動かしていた。いもむしのラゼンパは食べかけの葉をたいらげると、ひなたぼっこでもするように体をのばして寝そべった。

ほほえむ二人

 張りつめる必要はもう無いと、互いに気付いていた。

 「最初にも申しましたけれど、いつかお会いしたいと望んでおりました。羽のあるふしぎなお嬢様が、町にいらっしゃるとうかがいまして」

 「わたし、ふしぎでしょうか? わたしのふるさとに帰れば、家族も近所のみんなも、羽がある人が普通です」
 いつも思っているとおりの応答をしてから、リンナミーシャは付け加えた。
 「あなたこそ、とってもふしぎなひとです。ちょうちょとお話ができるなんて」

 「そうでございますねえ」キュンメルは軽くうなずいて、
 「近ごろ、このあたりでは、わたくしだけのようでございますね」

 ふたりとも、相手のうわさを聞いて不思議がっていた。そしてふたりとも、自分に備わった不思議については、当然のように慣れていた。あらためて見直してみると、ふたりとも、おかしくて笑いたくなってきた。


 別れのあいさつのついでに、リンナミーシャはたずねてみた。
 「あなたのことを怖がっている人もいるらしいけれど、わたしの友達は、話の分かるひとたちです。こんど会ってくれますか。じかにお話したら、きっとあなたを好きになると思います」
 「ええ、よろこんで」
 キュンメルは即座に、にこやかに答えた。
 いもむしラゼンパも、顔を上げてリンナミーシャをながめていた。たぶん、またこんど遊ぼうね、とか言っているんだと、リンナミーシャは思った。それから忘れずに、蝶たちやラゼンパにもあいさつした。
 「みなさんもお元気でいてください。会えてうれしかったです。」

 リンナミーシャは羽を広げて、シャウラの待つ家への帰り道に飛び立った。早くシャウラのもとに帰って、この出来事を話したかった。今日出会ったみんなの話、気がついたばかりの驚きのことを。それなので、甘くておいしいものを買うのは忘れていた。
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