青空の下のバウムクーヘン [ストーリー - ホームタウン]
晴れて暖かいので、料理道具は庭へ持ち出していた。
カーロが、バウムクーヘンを焼いていた。
小麦粉の生地を一すくい、薄く広げる。
おもてに焼き色がついたら、その上にまた一すくい、生地をかぶせて火にかける。
こんな風に焼いてゆくから、焼き色が年輪のように重なってゆく。
グリルに向かってそんな作業をくり返すカーロを、ミルコーロは退屈そうに見ていた。
「うち、めんどくさいの嫌いだあ。」
「おやおや、お菓子は嫌いなのか。」
カーロはグリルから目を離さず、軽く笑って受け流した。
「そーじゃないけどさ。小麦粉って、めんどくさい。」
庭のすぐ外の小川に、とびうおが泳いでいた。
なぜなのかは分からないけれど、ゼフィーベ各地の河川には、昔からとびうおが住んでいるのだった。
ミルコーロは簡易端末をシャットダウンしながら、小麦粉への文句を続けた。
「下ごしらえ、しなくっても、簡単に食べれるといいのにさあ。」
「モヤシは簡単だな、湯通しだけでいいからな。」
「簡単なだけじゃなくって、おいしくて、おなかいっぱいになる食べ物でなきゃ、やだよっ。」
「ソテーするだけのステーキ肉なんかは、金持ち連中のものだろうな。ぼくら庶民の領分は、知恵と手間ってとこさ。」
庭の隅には、ミルコーロが乗ってきたルフトカーンが停めてあった。おもちゃの小鳥のような姿の、空を飛ぶ舟だった。
それを眺めて、リンナミーシャが、ミルコーロに呼びかけた。
「ミルコーロの乗り物、宙に浮いていますよ。エンジン、切ってあるんですか。」
「うん。今さっき切ったばっかなんだ。晴れてるから反応が活発だけど、じきに化学バラストが冷めて、地面に下りてくよ。」
ミルコーロはフリーランスのパイロットだった。遍歴の科学者、カーロと同様に、行く先々で自分の特技を売り込む立場だった。
ルフトカーンは高度な化学の知識と運動神経が必要な乗り物だった。簡単に誰でもすぐ使えるとは言えないせいか、過去のクライアントの中には、何かと理由をつけて、ルフトカーンを嫌う人間が少なからずいた。
ミルコーロはルフトカーンからバウムクーヘンへ視線を戻した。小麦粉への不満は、ほんの少しトーンダウンしていた。
「もうちょっと、使いやすかったらいいんだ。粉がかたまりで残らないように、こねたりのばしたり、工夫しなきゃいけないんだもん。」
カーロは生地をまた一すくい、焼き色の上に広げた。
「少し使いにくいから、知恵を使う面白さがあるのさ。工夫するから、色んな形のものが出来上がった。」
「かたちぃ?」
「小麦粉にまんべんなく火が通るようにって、バウムクーヘンも、クレープもピザも、形ができたのさ。パスタや麺もそうだろ。昔から、大勢の人が知恵を出し合って、考え出した形なんだよ。」
「知恵を出し合ったのかあ。…そう言われれば、バウムクーヘンって結構、かっこいいな。」
生地のボウルは空になっていた。カーロは仕上げに、バウムクーヘンの外側にはちみつを塗っていた。
リンナミーシャが何気なく庭の隅へ目をやると、ミルコーロのルフトカーンはいつのまにか、音も立てずに地面に下りていた。
「もういいかな…ほら、焼き立てだよ。」
「わーい、…ありゃ」
「この辺のトビウオは、曲芸飛行がうまいな…」
2014-04-13 06:47
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