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常冬の山と、その向こうと [ストーリー - ストレンジ・ジャーニー]

 科学者のカーロは、遍歴を、つまり修行の旅をしている。
 リンナミーシャとシャウラが、カーロは今ごろ、どこにいるんだろう、などと思い出していた、ある日のことだった。

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 カーロを見つけた。シャウラの家のすぐそばを、何やらたくさんの荷物をかついで、通り過ぎようとしていた。

 シャウラが声をかけた。
 「水くさいわね。この町に来てるのに、あたし達のうちに顔出さないなんて。」
 「悪かったね。でも今回は、買い出しが済んだら、すぐ出発なんだ。」

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 カーロは、ある山の調査団に参加しているのだった。高く険しい雪山なのだけれど、何者かが住んでいるらしいと言われていて、猟師や登山家が、人影のようなものを目撃していた。
 しかし、登山家がトレーニングを重ねて、ようやく登れるような山なので、学者が行って調べたことが無かった。カーロ達は、新型飛行船を借りることができたので、短期間の日程ながらも、空からこの山を調べることにしたのだった。


 そんな話を聞くと、こんどはリンナミーシャが、
 「山のてっぺんにいた、というと、羽のある人なんですか?」
 カーロは、まだそこまで分かっていない、と答えた。
 「目撃者の大半は、遠くから見かけたとか、何か動いたようだけど、勘違いかもしれない、なんていう程度なんだ。」
 シャウラが間に入った。
 「リンナミーシャのふるさとなのかしら、その山って。」
 「わたしのふるさと、雪山じゃないですよ」
 「じゃあ別の、空飛ぶ人たちの国があるのかしら。リンナミーシャのふるさとと国交があるかも。」


 リンナミーシャとシャウラは、カーロの紹介で調査団の団長やメンバー達に会ってみた。リンナミーシャが空から来た迷子だということ、帰る手がかりを探していることを話した。
 調査団はちょうどそのとき、あらためて人を雇うことを検討していた。借り物の飛行船なので、返還期限に間に合うよう、やや急ぎ足のスケジュールになるので、人手不足を案じていたのだった。
 こうして二人は、臨時助手ということになって、カーロや他の団員とともに、飛行船にしては妙にスピードの出る新型船に、乗り込んだのだった。

121230_19_Open.jpg 船内はたくさんの小部屋に分かれていた。それで、調査団全員が集まってミーティングすると、とてもきゅうくつだった。連絡事項を書類にまとめて、何度も船内に回覧が回った。船内の天井の高さでは、リンナミーシャは飛ぶわけにもいかなくて、廊下を歩いて書類や品物を運んでいた。

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 リンナミーシャとシャウラの借りた部屋、カーロや他のメンバーが使う部屋もあったけれど、荷物が詰め込んである部屋も、いくつもあった。気象観測、植物採集、地質調査、その他の機材だった。途中にコンビニなども無いので、必要な食料も全て収めての出航だった。
 山頂の謎の住人が、猛獣なのか知的種族なのか未知なので、さまざまな事態に備えることにしていた。それなので、猛獣退治用のトラバサミから、あいさつ用の手紙やみやげ物まで積んであった。
 リンナミーシャも他のみんなも、山に着くまでの数日間は、荷物をほどいて調査の準備を整える、忙しい毎日だった。



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 一年中雪が積もっている、厳寒の山だった。ここからは、用意した防寒服を着て過ごすことになる。
 「動きづらい服だわ。分厚いし、ぶかぶかよ。」
 シャウラは、そんなふうに不満を口に出したけれど、この動きにくい服を着ていなければ、寒さで身動きが取れなくなるのだから、着るしか無かった。
 リンナミーシャにとっては、きゅうくつな服だった。羽を通す袖が無いので、上着の中に羽を押し込むようにたたんでいなければならなかった。

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 飛行船を係留しているとき、リンナミーシャは、何者かが物陰から、調査団を見ているような気がした。

 「無線機を盗られた!」
 カーロが叫んだ。何者かがカーロのヘッドホンを奪い取った。人間ではなくて、毛むくじゃらで尻尾があった。走りながらヘッドホンを、むさぼるようにかじっていた。サルのようだった。
 「返せよ、それに食うな、食べ物じゃないぞ!」

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 調査団の周りから、数頭のサルが突進してきた。牙をむいて吠えながら、調査団の荷物を次々に荒らしていた。

 ところが、サルの一頭が悲鳴をあげた。荷物箱のひとつが壊されて、中のトラバサミが転げだしていた。サルは尻尾をはさまれていた。
 つかの間、他のサルも動揺した。シャウラはとっさに、大げさな怒鳴り声をあげた。

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 「あんたたち、いったい何が目当てなのよ! これはあたし達の持ち物なのよ!」

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 カーロや調査団のメンバーもつられて、サルに向かって声をはりあげた。
 「荷物こわすな!」
 「どろぼう!」
 「食べるなよ! 機材だって安くないんだぞ!」
 言葉が通じたわけではないけれど、サルたちは気迫で負けたと見えて、人間たちをにらんで吠えながら、逃げ去っていった。トラバサミにかかった一頭も、トカゲのように尻尾を切って逃げていった。


 一同は荷物を片付けながら、今の出来事を見直した。
 「尻尾を切って逃げるなんて、トカゲみたいなサルだな。」
 「目撃者が人間だと思ったっていうのは、尻尾がとれちゃったのを見かけたケースかもしれないですね。」
 「でも見た目は、ネズミみたいな感じだったわね。やせっぽちがぼろの毛皮をかぶってるみたいなの。」
 「言えてますね。けれど、クマやゴリラより大きかったですよね。」
 「うん。それにしても、シャウラが機転をきかせてくれて助かったな。」
 「たいしたことじゃないわよ。船の中まで荒らされなくて、ラッキーだったわ。」

 「…こっちは修理できる。これは外側に傷ができただけだ。無線機は一個とられたけれど、他のものはどうやら無事みたいだな。
 「無線機は、予備があります。まず、食べ物を取られないようにしなきゃいけないと思います。」
 リンナミーシャが提案すると、異論は出なかった。
 「野獣が相手なのよね。知的種族っていうのじゃあ、無かったわね。」
 「それでもいいさ。少なくとも、相手が何者なのかは分かったんだ。」

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 サルから襲われないように、船外では、必ず二人以上で行動する決まりになった。物資は飛行船に積んだままにして、メンバーの寝起きも船内の部屋にした。
 遠隔操作式の観測機器は、サルのせいで何度か壊された。音声記録には、怒り狂ったような叫び声が残っていたので、機器を動物とでも間違えたようだった。凶暴なサルのようだった。

 用心しながらも、調査団は地道に山を調べていった。メンバーが何度か、サルの足跡を見つけていた。
 採集した石を分析すると、溶岩の固まったものがあった。
 「つまりな、この山は火山なのさ。」

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 小さな温泉が、いくつか見つかった。いずれにもサルの足跡があった。
 雪山の中でも、温泉の周りだけは、野草やきのこが生えていた。

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 この山のサルの、生態が分かってきた。調査団は何度も、サル同士が争っているのを目撃した。なわばり争いだった。
 温泉は数が少なく、どれも小さかった。えさとねぐらを充分に確保するには、独り占めするしかなかった。温泉を占領したサルは、よそ者に奪われまいと疑心暗鬼になり、近寄る生き物を見境無く脅していた。他のサルが、いつも周辺にひそみ、すきをうかがっていた。文明どころか、豊かな自然の恵みも無い、すさんだ野獣の戦場だった。
 「かわりばんこで温泉を使ってもいいと思います。どうして奪い合いなんでしょう。」
 「ぼくたち人間は、そう思うのさ。でもサルが、ぼくらの提案を聞くわけが無いし、野生動物に人が干渉しちゃいけないよ。」

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 調査も終わりが近づいていた。リンナミーシャたちの仕事も、船内の掃除や後片付けが中心になってきていた。

 シャウラが冗談交じりの文句を言った。
 「未知の世界の探検って、もっとロマンチックだと思っていたのに。なんだか、いやな感じのサルばっかりだわ、この山って。」

 リンナミーシャも同感だった。故郷の手がかりが無かったことも、残念だった。
 けれども、不満を口にする前に、あたりの様子に気付いた。
 「もう日が沈むんですね。わたしたち、予定が遅れてないですか。」

 カーロがつかの間、手を休めて答えた。
 「遅れてはいないよ。このあたりはね、冬場はすごく、昼が短かくなるのさ。もっと北の地方だと、一日中夜だけの時期だってあるんだ。」

 リンナミーシャは、故郷と比べていた。
 「わたしのふるさと、そういうことは無いです。冬至のころでも、午後3時や4時は、まだ明るいですよ。」

 カーロがたずねた。
 「もしかすると・・・夏至の時期はどうなんだ?」
 「夏は昼間、長いですよ。6時くらいまで、明るいんです。」
 「長くてそんなものなのか。夏至って言うと、8時や9時は明るいんじゃないのか。」
 「そんな頃になれば、真っ暗ですよ。」
 「ああ、そうか・・・君の故郷は南のほうだな。今回とは正反対の方向だったのか。」

 シャウラが割りこんだ。
 「南っていうと、まさか南極じゃないわよね。」
 「南極じゃないよ。極じゃなくて、赤道に近いんだ。」
 「ふうん。それじゃあ今度は、南の島にリゾートツアーかしらね。」
 「でも、わたしのふるさと、観光名所じゃないです。」

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 こうしてリンナミーシャにとっては、大きな収穫は無いまま調査は終わり、ゼフィーベの中心市街の一角の、シャウラの家での暮らしが、また続くことになったのだった。

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 リンナミーシャの手もとには、調査旅行の写真が、今も残っている。

 ただ、どれが誰なのか、分からないのだけれど。

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