目の前の言葉 [ストーリー - ホームタウン]
森の中をめぐる散歩道。
赤毛のシャウラと、空飛ぶリンナミーシャ。
「いろんな作り方をしているんですね。こっちの道は木を組んでいるのに、あっちには、材木の柱とレンガの壁のところがありましたよ。」
リンナミーシャが歩道を見て言い出すと、シャウラが答える。
「ずっと昔から、ちょっとずつ作ってきたそうよ。何百年も使ってるから、いたんだ場所を直したり、新しく通路を付け足したりしているのよ」
古い石板に、文字が刻まれている。
歩道から少し離れていて、シャウラには読めなかったけれど、リンナミーシャがよく見ると、「馬、あるいは象に乗って、この道を渡ってはならない。」と、あった。
シャウラがリンナミーシャに、こう教える。
「これ、大昔のお触れよ。いまどき、象に乗ってくる人なんていないわよ。」
「するとシャウラ、象のことは、もう書いてなくてもいいですよね。」
二人の足もとから、声が聞こえる。
「本当に消したりなさっては、いけませんよ。遺跡として保存されているものですからね。」
「あ、こんにちは、キュンメル。」
蝶々にまじって、いもむしラゼンパの姿も。
「こんにちは、ラゼンパもお散歩かしら。」
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リンナミーシャ、森を見渡していたけれど、首をかしげて、シャウラにたずねる。
「この森、どこにゾウさんがいるんですか。」
「あ、今はね、この森にはいないわよ。ずっと大昔は、王侯貴族がよそから連れてきていたのよ。」
シャウラはそう答えてから、もうひとつ話題を付け加える。
「でもね、ヒョウはいるんですって。昔の王様たちはね、ヒョウがこの森の主だって、信じていたって話よ。」
「ヒョウなんですか。」
返事をしていながらリンナミーシャは、なぜか別のことを思い出す。
「あのですね、話はちょっと戻るんですけれど。」
「はいはい、なあに?」
「あのお触れのように、書いてあるほうがいいのか、必要がないのか、っていう区別はですね、心の中まで届いていないかどうか、なんです。」
「なんだか、意味が深そうね。」
「心の中に届いたものは、見えなくなってもいいんです。反対に、まだ心の中に根付いてないことは、いつでも見たり聞いたり、できるようにしておくんです。」
シャウラが解釈する。
「なるほどね、馬での乗り入れは禁止って、書いてあるほうがいいわね。ここは乗馬コースじゃないわよ、って、繰り返し言い聞かせなきゃいけない人だって、いるかもしれないものね」
キュンメルが、関連した話題を思い出す。
「法律というものは、そうして生まれるのです。偽るな、盗むな、傷つけるな。そうした言葉を、誤解の余地のないように、書いておかなければなりません。心の中に届いていない人が、現に世の中にいるからなのです。」
「そういう基本も、たたき込まなきゃいけないのね。書いてなくても誰でも守ってる、ていうものじゃあないわよね。残念だけど。」
「この道で乗馬は禁止ですね。もう一方ですけど、ゾウさんやカバさんを連れてこないのは、書いてなくても誰でも守ってること、ですね。」
リンナミーシャが、話題を石版のお触れに戻す。しかし、カバは出てきてないはずだが。
ラゼンパも、何か気付いたらしい。
「そうそう、バイクや車の乗り入れも、お断りがいいわね。」
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キュンメルが、リンナミーシャとシャウラに誘いをかける。
「この森の、本当の主に、お会いしてみませんか。」
「ほんとの主? ヒョウじゃないんですか。」
「ヒョウは、大きくなるのが早いだけですよ。この森で一番年上のヒョウが生まれるよりも、ずっと前から、本物の主は、森に住んでいる生き物すべてを、支えているのです。」
キュンメルは説明しながら、一行の先頭に立っている。
薄暗いせいか、シャウラが気になることを聞く。
「ヒョウは出てこないかしら。」
キュンメルは素早く、蝶たちと目で合図を交わして、シャウラに答えを返す。
「今は大丈夫ですよ。近いものでも、ここまで20分はかかる場所にいます。」
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巨木の立ち並ぶ、緑という海の底のような、やわらかい土のおもて。
「土の上におりないでくださいよ。人間が土を踏み固めると、草花が迷惑します。」
「小さな花じゃないの。あれが森で一番長生きなの?」
「花が、おもてにあらわれていますけれど、主の本体は、土の中です。」
「あっ、そうか、おいもですね!」
「ふふっ、そのとおりです。はるか昔に芽吹いて、根をめぐらせて、こつこつと水や土をたくわえて、ここを、たくさんの草木が生きてゆける大地にしていった、この森の作り主です。」
「なるほどね。ほんとの大物がどこにいるのかって、すぐに見落としてしまうものだわ。」
「大切なことって、分からなくなっちゃうものですね。」
「でもさ、どうして昔の王様たちは、勘違いしてたのかしら。気がついた人は、昔はいなかったの?」
「わたくしも、そこまでは存じませんけれど。」
「そうですね。もしかして、昔の王様たちは、おいもが嫌いだったんでしょうか。」
「あはは、それならピーマンかニンジンでも見たら、寝込んじゃうわね。」
2012-11-29 12:27
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