線路と道しるべと 返らない帰り道 [ストーリー - セッション]
七つの風の翔ける郷のイルフェリフの娘 語り部 リンナミーシャ
黒い髪と、コンドルの羽をした少女。羽がない、空を飛ばない人間なんて、迷信だと思っていたけれども、あるとき、羽の無い人ばかりが住む、ゼフィーベという国へ迷い込んでしまう。
友達になった少女、シャウラの家に居候して、ふるさとへ帰る道を探している。
遍歴の科学者 エルンスト・カーロ
科学者をめざして、学問にはげむ少年。遍歴課程を、つまり修行の旅をしながら、ゼフィーベの地にやってきた。
気さくで、いつも前向きで思慮深い。孤独を愛し、権威やカリスマに対して用心深い。つまり、明るくニヒル。
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「カーロ、お引っ越し、するんですか。」
「修行の旅に戻るのさ。ぼくはもともと、この町の住人じゃないんだ。」
「ふふっ、残念だわ。あなたのような風変わりな話題を持ってくる人って、なかなかいないものね。」
「そのうち、また会いにくるよ。このあたりは仕事が見つかりやすいからね。」
「飛行場が近くにあるのか。知らなかったな。」
「最近できたのよ。このあたりって、畑や牧場だけだと思っていたけれど、そのうち高層ビルでも建つのかしらね。
「この辺の野山はどうなるのかしら。人間の建物ばっかりにしないで、昔に返してあげたくなるわね」
「そうだね。確かに悪い道へ進むものじゃない。でもね、昔へ戻っても、いいことばかりじゃないさ。
このゼフィーベは、何百年か昔は、岩山と沼地だけの荒れた土地だったんだ。食糧不足や疫病が当たり前だったそうだ。作物は満足に育たないのに、病原菌や害虫ばかりが、はばをきかせていたのさ。何代もかけて水路を造って、きれいな水がどこにも行き渡るようにして、健康に生活できるように、少しずつ改善していったんだ。
環境破壊はしちゃいけないけれど、わざわざ食べ物も飲み水も足りない暮らしに戻る必要は無いだろ。
苦労して築き上げてきた何かが、必ずあるんだよ。それをみんな反故にして、昔へ戻れば、いいことなんか無いさ。悪い未来へ進まなければいいんだよ。」
「あたし、考え方がまずかったのかしら。」
「ええとですね、シャウラの考え方は正しいです。どちらも間違っていません。シャウラとカーロの言ったことは、おおもとは一緒なんです。」
「そうだな。シャウラはいいやつだよ。
ぼくは、自分に言い聞かせたようなものだよ。疲れて憂うつになるとさ、今まで苦労して築き上げてきた何もかもを反故にして、いっそ昔へ巻き戻しできたらって、つい考えてしまうのさ。」
「あら、そんなこと考えちゃうの。ね、もしかして、昔に戻っちゃいけないから、ふるさとを出て遍歴しているってこと?」
「え、そうじゃないよ。ふるさとへはいずれ帰るけれど、昔には返らない。それとこれとは別さ。」
「電気や火を使う器具の修理は、専門の人に頼むんだぞ。勝手の分からない物を、自己流で分解したりするなよ。」
「カーロも、ちゃんとごはん食べるのよ。面倒だからって、偏った献立ばっかりにしないのよ。」
「ありがとう。分かっているよ。」
「ほかに何か、言っておくことがあったかな。」
「さっきのお話ですけど。ふるさとへ帰るけれど、昔には返らない、って、どういうことですか。」
「あ、そのことか。ぼくは遍歴修行をしている。遍歴の期間が終わったら故郷に帰る。故郷に帰ったら、修了試験に合格して、一人前の科学者になるんだ。ふるさとに帰るのは、見習いだった昔に戻るためじゃないんだ。」
「リンナミーシャ、君もそうさ。故郷への帰り方が分かって、家にたどりついてからも、昔そのままの君じゃないよ。
故郷の外にどんな国があるのか知ったこと、シャウラのような友人ができたこと、それが無かったことにはならない。
それに、君の故郷の人たちは、羽の無い人間が地上に住んでいるなんて迷信だ、って思う人ばかりなんだろ。
誰も知らない大ニュースを持って帰ることになったんだ。もう、昔へ巻き戻しをすることにはならない。」
「君やぼくにとっては、故郷へ帰ることは、立派な目標なんだ。」
「じゃあね。二人とも元気で。」
「駅、反対側ですよ」
「歩いていくんだ。節約だよ。」
「てっきり、汽車で行くと思ってたわ。」
「そうですね。わたしも、そう思ってました。」
2012-08-21 11:42
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